こだまのうんぬんかんぬん


あさかめの作家・演出家、児玉洋平の日常と考えたこと



vol.68 なかなか決められない    

2014.3.15

今まで、にんじんのことを軽く見ていたかもしれない。
もともと、そんなに好意を持っていたわけでもなかった。味が好きじゃなかった。なんというのか、透明で、時々甘い。だからカレーとか、味の濃いものに入っていれば食べていた。そういうもので、にんじん本来の味をごまかして欲しいと思ってた。固いのも嫌だった。火の通りが悪く、炒め物に入ってたりすると、にんじんそのものの味がする。多分好きな人に言わせれば、そこが好きというところが、僕にとっては大体好きじゃないところだった。
でも時が経つにつれ、少しずつ変化していったのも事実だ。例えば肉じゃが、僕はとにかくじゃがいも一辺倒だった。じゃがいもさえあれば他のもの、肉もたまねぎももちろんにんじんも、あってもなくてもよかった。けれどどうしたわけか、時間が経つにつれて、醤油の味の染み込んだにんじんが、なかなかうまいなあと感じるようになってきた。煮られて柔らかくなったにんじんを噛む歯ごたえが、そんなに嫌じゃなくなっていった。

そんなある日、味噌汁を作っていたら、突如として、にんじんのかわいらしさに気づいてしまった。白っぽい味噌汁の中に浮かんだ、鮮やかなオレンジ色のにんじんが、なんとポップでキュートなことか。なんなんだこれは、と僕はつぶやいた。頭の中で。そのときの他の具はほうれん草と豆腐だった。このコントラスト。オレンジと緑と白。すごく綺麗。お玉でかき混ぜるとそれぞれの色が交代に浮かんでは消える。
その中でもにんじんのオレンジの、断トツの鮮やかさとかわいらしさ。他の野菜で、にんじんをしのぐものがあるだろうか。いやない。それから、僕は味噌汁に頻繁ににんじんを入れるようになった。入れては、その綺麗さにため息をつくようになった。大根と一緒でも、わかめと一緒でも、にんじんはいつでも鮮やかで綺麗だ。

最近気づいたことで言えば、自分が一番好きな野菜は何かということ。野菜はたくさんある。なかなか決められない。今まではナスかな、とか思ってお茶を濁してた。もちろんナスも大好きだ。でも一番じゃない。では何かと言えば、グリーンアスパラだ。最近、春も近くなってグリーンアスパラがよく出回るようになってきた。うちの近所の八百屋では、三束で百五十円という投売りみたいな安さで売っている。もちろん僕は嬉々としてこれを買い、あれこれして食べているうちに、ふと気づいたのだ。あのシャキシャキした触感の緑色のひょろりとしたやつを咀嚼しているときほど、自分が喜びを感じているときは、他にはないのじゃないかと。

あるジャンルの中で、自分が何が一番好きなのかを決めるのは案外難しい。例えば少し前にソチオリンピックが閉幕したけれど、テレビで放映されている競技はなんとなくそのたび見ていたが、じゃあ自分が一体どの競技が、つまり日本人選手が出ているとかそういうことは一切抜きにして、好きなのか、と言えば、これがなかなか簡単にはわからない。スピードスケートは案外面白かったけど途中でちょこちょこ飽きちゃってたよなとか、アイスホッケーは見てて白熱してたけど、パックの行方を見失ってお手上げになる頻度が高いよなとか、様々考えているとよくわからなくなる。そんな中で、ぴたっとそういうものがひらめくと、とても気持ちがいい。僕の一番好きな野菜は、グリーンアスパラ。誇らしい気持ちにさえなる。

でもにんじんの甘く煮たのは好きになれない。簡単じゃない。
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