こだまのうんぬんかんぬん


あさかめの作家・演出家、児玉洋平の日常と考えたこと



vol.59 二人の食事    

2012.8.29

この間電車に乗っていて、ちょっと思いついて、今同じ車両に乗っている人が全員五歳児だった頃を想像してみるという遊びをしてみた。まあ五歳じゃなくてもいいのだけど、とにかくみんな同時に子供にしゅるしゅる戻って、車内には子供だらけという状態を想像してみたわけだけど、これが結構面白い。疲れてうたたねをしているサラリーマンのおじさんは、子供の頃こんな顔だったのかなとか、ひげもじゃの若いお兄ちゃんも昔はこんな感じだったのかなとか、高校生の女の子はあんまり今と変わらない感じかもとか。いろんな人たちが、みんな一様に五歳という瞬間を経てきたのだと想像すると、それ自体は笑っちゃうくらい当たり前のことなんだけど、目の前の現実の電車の中になるべくはっきりと思い浮かべようとすると、実際は目の前のすべての人が同時に五歳だなんてことはありえないことだし、なんだかものすごく不思議な感じがする。

電車の中で物を食べている人がたまにいる。その中でもわりと目立つのがマックのハンバーガーだ。あるとき見かけたスーツ姿のおじさんは、物を食べていることをなんとかまわりから隠したかったのか、あの茶色の紙袋を口の下に固定して、ほとんど袋の中に顔をつっこまんばかりにして食べてた。でもその努力もむなしく、ハンバーガーを食べているということを隠すことはできなかった。匂いのせいだ。大体の人は知っていると思うけれど、マクドナルドのハンバーガーの匂いと言ったらかなり強烈だ。それが閉じられた車内でなのだから、離れた座席にまでだってあの匂いが漂ってくる。もしかしたら隣の車両にいたってわかるんじゃないかというくらいだ。そしてその匂いを嗅ぐと、とてもお腹が空いてきてしまうんだよなあ。

先日電車に乗ってたら、斜め前の座席に若い男女が座ってマックを食べ始めた。夜だった。結婚はしてなくて、でも付き合いは長そうな、だからデートの帰りにお腹が空いて、ハンバーガーを買って急いで電車に乗り込んだ、そんな感じだった。小柄な女の子の隣にかなり背が高くてひょろりとした男の子が座った。女の子は小奇麗な服装、男の子は、ちょっと伸びた坊主頭で今さっきヒッチハイクの旅から帰ってきました、という感じ。二人とも眼鏡をかけていた。こんなにはっきりと覚えてるのは、二人のハンバーガーの食べ方が印象に残ったからだ。
男の子が紙袋を手に持って、特にまわりを気にする様子もなく、その中から最初にポテトを取り出して食べだした。まず男の子が二本、自分の手で口元に持っていく。次にその手でポテトを一本取り出し、隣の女の子の口元に持っていく。女の子はそれを手を使わず、ぱくり、と口の中にいれ、むしゃむしゃむしゃ。次に男の子、二本食べる。一本女の子の口元へ。女の子、ぱくり。むしゃむしゃむしゃ。男の子、二本。女の子、一本。むしゃむしゃむしゃ。その繰り返し。まるで親鳥が雛に餌をやるように、二人は淡々とポテトを食べ続ける。その間、二人が視線を合わせることはない。正面の大きなガラス窓の方をじっとみつめている。けれどタイミングがずれることはまったくない。
シェイクも、男の子吸い込み方に力が入っていたからあれは多分シェイクだったと思う、同様だった。男の子が吸い、女の子の口元へ。女の子、口だけで吸う。さて、問題は次だ。がそごそと紙袋から男の子が取り出したのは、ハンバーガー。当然そうなる。でも、ちょっと想像すればわかるように、ハンバーガーを口だけで食べるというのはかなり難しい。厚みもあるし、あの中にはふんだんにソースやらマヨネーズやら入っているからそれらをこぼさずに食べるなんてこと、きっと僕にはできない。ましてここは電車の中だ。揺れるし、何かの弾みでハンバーガーをぶちまけでもしたら目も当てられない。さあどうする、となんかもうスポーツの観戦でもするみたいな気分で二人の行く末を見守った。
まず例によってまず男の子がかぶりつく。なんか相当お腹が減ってたんだなというような荒々しい食べ方だった。そして自然な流れでそれをそのまま女の子の目の前に持っていった。ここで女の子、さすがに躊躇するように間を取った。よく見ると女の子の口元はもぐもぐと動いている。まださっきのポテトが残っているのだ。迷うように、男の子の手が揺れる。そうだよね、別に全部食べさせてやらなくたっていいよ。そう僕が心の中でつぶやいた瞬間、女の子の顔が前に動いた。がぶり。女の子はハンバーガーにかみついた。一度ひっこめようとしてうまくいかず、もう一度今度はもっと深々と、がぶり。そして首を振ってハンバーガーを食いちぎった。女の子の口の横には白いマヨネーズがついている。この奮闘のあいだ男の子は、静かな表情でもぐもぐ咀嚼しながら、かぶりついてくる女の子の勢いをハンバーガーを握った右手でひたすらに受け止めていた。

このようにして、二人はハンバーガーを食べ終えた。最後に少しだけ残っていたポテトを男の子が差し出すと、女の子は黙って首を横に振った。男の子は特にがっかりしたような様子もなく、そのポテトを自分の口の中に放り込んだ。

すべては一つの言葉もなく行われた。
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