こだまのうんぬんかんぬん


あさかめの作家・演出家、児玉洋平の日常と考えたこと



vol.58 ああ、観てよかった    

2012.6.29

渋谷で『別離』というイラン映画を観た。何年か前に同じアスガー・ファルハディ監督の『彼女が消えた浜辺』という作品を、前情報はあまりないままで観に行ったらこれがものすごく面白い映画だったのだけど、それほど評判になったような感じもなく、まあ邦題も地味だしストーリーを説明しただけじゃ面白さもあまり伝わらないだろうしなと思いながらちょっと残念だった。今回の『別離』は映画祭で賞を取ったようで話題になっていて、僕も朝のニュースで取り上げられてるのを観た。そして今回もやっぱりとても面白かった。前作同様、「真実は何なのか」ということを巡って登場人物が言い争い軋轢を生み出すその様がスリリング。役者さんがみんなうまいなあと感心してしまう。今回は若い夫婦の一人娘が重要な役回りをしているのだけど(あとで知ったのだけど監督さんの実の娘らしい)、この子が素晴らしい。ラストシーンは心をわしづかみにされてしまった。真実は誰かの手によって簡単に歪められ別の色に染められてしまうし、そのことで弱々しいけれど大切なものが押し潰されてしまうことがある。それをこの映画は容赦なくみつめ続ける。最近いい映画を観ると、映画館を出た後で「ああ、観てよかった」と声に出してしまうんだけど、この映画も深いため息とともに言わせてもらいました。

同じく渋谷の別の映画館でアキ・カウリスマキ監督の『ル・アーブルの靴磨き』。素晴らしかったです。観終わったあとの暖かくて幸せな気分は前に観た是枝裕和監督の『奇跡』に似てると思った。子供の逃走(あるいは冒険)を大人が助けるという構図が共通してるからかもしれない。『ル・アーブル』は相変わらず出てくる人がみんな止まってるし黙ってる。でもその「止まってる、黙ってる」がたまらなくおかしい。最後の奇跡的な(本来の意味のね)出来事には暗闇の中で吹き出してしまった。
『ル・アーブル』が公開される前に、カウリスマキ監督の作品が同じ映画館で特集上映されてて、そのうちの『トータル・バラライカショー』を観た。これはカウリスマキさんの映画にも出たりしてるレニングラードカウボーイズという全員がほっそりしたリーゼントにサングラスというへんてこな見た目のロックバンドが、旧ソ連の退役軍人に人々と行ったライブ映像で、これがものすごくパワフル。百人か二百人かとにかく大勢の軍服姿のおじさんがぎっしりと壁みたいに並んで地響きみたいな声でロシアの古い民謡とかを歌うのと、頭と爪先が派手なネイルアートをしたみたいにひょろりと伸びた五六人のお兄さんたちが、ロックンロールを歌うのが交互に繰り出されるという、もう真面目なんだかふざけてるんだか(お兄さんたちはだいぶふざけてた)よくわからない様が猛烈に面白い。音楽ってすごいね。明らかに別世界の男たちが仲良く肩組んで歌ったりするんだから。楽しそうだった、とても。

曽我部恵一さんのブログで紹介されててちょっと面白そうだなと思って、青山にジョン・カサヴェテス監督の『ラブ・ストリームス』を観に行った。「愛は、絶えることのない流れです」というかっこいいセリフを言い放った主人公の中年女性がとてもよかった。滑稽だけど、かなしい。愛というのは、人というのは、そういうものだということを、繰り返し繰り返し教えてくれる映画。一番印象に残ったシーン。離婚することになった夫と、お母さんとは一緒に暮らしたくないと言う娘を呼んでありとあらゆるものを使ってこれからあなたたちを笑わせると宣言する。狂ったように笑いながらくだらないことをやってぴくりとも笑おうとしない二人を前にじたばたする主人公の姿は本当に痛々しい。しかも彼女は「愛を賭けて」しまっている。前に何が待っていようとも、進む他ないのだ。

最後にDVDで諏訪敦彦監督の『不完全なふたり』。この作品を観るのは二回目。ふと一回目よりも今のほうが楽しめる気がしたのでもう一度観てみたら、やっぱりよかった。まわりから理想的なカップルだと思われていた若い夫婦が離婚することになって、友達の結婚式に出るためにパリに行くという話なんだけれど、全編にわたって緊張感のある会話が繰り広げられる中で、一度目と変わらず一番好きなのは、美術館で妻が昔の友達と再会するシーンだ。ずっと閉じられた空間か薄暗い夜でのシーンが多い中で、ここは明るい日が差した屋外のシーンだからなのかもしれない。別れることを告げた後、友人が奥さんと死別したことを知る瞬間の妻の表情(というか動作)が忘れられない。僕には妻が自分の愚かしさを思い知って耐えられなくなったように見えた。そんな瞬間が、きっと誰にでもあるような気がした。
最後の駅で口にされるセリフもいい。ほとんどむちで殴りあうみたいに交わされてきたたくさんの会話のあとだからこそ。
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