こだまのうんぬんかんぬん


あさかめの作家・演出家、児玉洋平の日常と考えたこと



vol.57 バッグの中のバッグ    

2012.5.7

物をよくなくす。家の鍵とか携帯とか、比較的小さくて被害の甚大な物ではなくて、もっと大柄な、なくしたところでそれほどのダメージは受けない物を、定期的になくす。鍵なんかは大事だとわかっているから、A型の几帳面さできちんと確かめる。携帯はなくさないけど落とす。家で道で、手を滑らせて硬い地面に叩きつける。それで何度画面が真っ暗になったか。今の携帯にも細かい傷がいくつもついている。

では何をなくすのか。例えばもう何年も前の話だけれど、旅行バッグをなくした。大きさは、エスパー伊東さんならしくじらずに楽に頭まで入ることができるくらい。スポーツバッグみたいなしっかりした造りで、赤と青のわりと派手めなデザインのやつだ。それがあるとき急になくなった。使おうと思ったらどこにもない。引越しをしたときに出てくるだろうと考えていたけれど出てこない。忽然と姿を消してしまった。

ちょっと信じられなかった。あんなに大きくて目立つものがなくなるなんて。それなりに思い出もあった。そのバッグは、僕が大学に入学したとき一番最初に買ったバッグだった。僕は毎日そのバッグに教科書やノートを入れて学校に行った。なぜ旅行バッグで大学に? と人は思うかもしれない。実際サークルの女の先輩に、「児玉くん、そのバッグ大きくない?」と気を遣われながら言われた。(もしかしたら、大きすぎない? だったかもしれない)昔から今に至るまで、僕は物の大きさを把握するのが大の苦手だ。メジャーなんかで数字で見せられればわかるけど、目分量というのはまず無理だ。大体入れ物の許容量を見くびるから、なるべく大きなものをと思ってふさわしくない大きさのものを買ってしまったりする。今なら僕も冷静に振り返って考えることができる。どうしてあの頃の僕は、旅行バッグを持って大学に行っていたんだろう? でもそのときはまだ、「きみきみ、それは旅行に行くためのバッグだよ」なんてアドバイスしてくれる友達もいなかったから、仕方がない。人生には仕方のないことがたくさんある。

まあとにかくそんな思い出のあるバッグが、ほとんど無くす方が難しいんじゃないかと思えるバッグが、消え失せてしまってどこにも見当たらない。月並みな言い方だけれど、まるで魔法にかかったような気分だ。

去年の冬はコートのフードがなくなった。色は真っ青で、まあそんなに小さなものじゃない。それにしたってどうしてフードだけが? これには比較的理にかなった説明ができる。コートをクリーニングに出そうとしてフードだけ外したのだ。でもそれをその後どこにやってしまったのか皆目わからない。心当たりは全部探した。けれどまったくみつからなかった。仕方がないのでこの冬の間フードなしで過ごした。フードなんてなくていいといえば別にいいのだ。

それがこの間、もうだいぶ暖かくなったし、そろそろコートをクリーニングに出すかと思い始めた頃、ひょっこりでてきた。久しぶりに使おうとしたバッグを開けたら中に入っていたのだ。よかったはよかったけれど、まったく入れた覚えがない。いや、何かに入れた気はするのだけど、そのバッグに入れた記憶がない。

もっとよく探せばきっと出てきたのだろう。それなら、赤と青の旅行バッグもいつかひょっこり出てくるのかもしれない。忘れ去られたバッグの中で日の目を見るのを待っているのかもしれない。願わくば、忘れ去られたバッグの存在を、いつか自分が思い出しますように。
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