こだまのうんぬんかんぬん


あさかめの作家・演出家、児玉洋平の日常と考えたこと



vol.52 終わったときのこと     

2011.8.13

大型のショッピングモールに併設された映画館に映画を観に行ったとき、上映時間まで二十分くらい時間があったから、ショッピングモールの中をぶらぶらした。ちょっと大きめのスポーツ用品店が入っていたので、ジョギングシューズとかが並んでいるのをぼんやり見てまわっていたら、ずっと奥のほうに野球用品が並べられていたので、ちょっと見てみようと思ってそちらのほうに向かった。壁面に沿ってグラブが硬式用、軟式用、ソフトボール用と分類されて飾られていて、下のほうにはバットが何本も立てかけられていた。僕はそのうちの、薄い黄土色のグラブを取って、試しに左手にはめてみた。グラブをはめるなんて本当に久しぶりだった。グラブは硬くて、開いたり閉じたりするのにも結構力が必要だった。そこから少しはなれたところにボールが置いてあったので、そちらにも行ってみた。軟式のボールを何個か握ってみたら、こういう言い方は馬鹿みたいなんだけど、なんだか胸が躍った。もっと馬鹿みたいな言い方をすれば、ときめいてしまった。

僕は中学の三年間部活で野球をやっていた。その前にもソフトボールをやっていたから、小さい頃はわりとグラブやボールと親しかった。スポーツ用品店でグラブをはめ、ボールを握ったとき、その頃の感触が急に蘇ってきて、胸が躍ってしまった。そしてそのことに、ええ!とちょっと驚いてしまった。というのもそういう感覚に、もう随分ご無沙汰だったからだ。スポーツ用品店に入ることはあっても、こんなふうに野球コーナーに近づくことなんてなかったし、プロ野球の中継を観ても別になんてことなかった。でもそのとき僕の心はわくわくして、ああ、どこかの空き地でキャッチボールがしたいなあと思った。

それにはきっと、最近開幕した高校野球を見ているということが影響しているのだと思う。もともとそんなに大好きと言うわけじゃなかったけれど、他に見るものもないときは自然とチャンネルを合わせてしまうし、見れば見たでそれなりに感情移入してしまう。まあこれでも一応球児の端くれだったわけですから、チャンスでバッターボックスに入るときの嬉しいんだか悲しんだかわからない気持ちとか、逆に守備につく人たちの、俺が絶対捕って終わらせてやるという勇ましさと不安の入り混じった気持ち(外野を主に守ってたもので)はひしひしと理解できる。それになにより、試合が終わったときの負けたほうの選手の姿を見ると、自分で自分をしょうもないなあと思いながらも、ちょっとほろりとしてしまう。

僕の中学生最後の大会は、一回勝って一回負けて終わった。初めに勝って、昼御飯を食べて、次の試合に勝ったほうが次の段階に進めるというところで負けた。あとで誰かが、あの昼御飯でみんなの緊張が解けてしまったんだと言っていた。そのときは、そんなもんかなあと思っていたけれど、今考えれば、それはある程度当たっていたんじゃないかと思う。僕らは確かに、最初の試合に勝ったことで気持ちがほぐれていた。なんだかもうちょっと楽しんでもいいんじゃないかという雰囲気になった。でもそれは違ってた。どちらも先に進みたかった。結果として、より集中していた方が勝った。そういうことだと思う。

負けが決まった直後、僕はぼんやりしてしまっていた。整列をしたときも、応援してくれた人たちに礼をしたときも、これが最後で、それも終わってしまったんだということがあんまりよくわからなかった。そのあとで、監督を中心に最後の話を聞こうと円になって腰を下ろしたとき、隣の子が泣いていることに気づいた。その子はわりとクールな性格で、いつも客観的にシニカルなコメントをするような子だった。まわりを見たら他の人も泣いてた。そしたらなんだか急に悲しくなって涙が出てきた。で、それからは涙が止まらなかった。まあ俗に言うもらい泣きだ。

それから、試合で荒れたグラウンドを整備した。僕はレフトを守ったから、外野の向かって左側を、自分のスパイクの足跡を消すようにしてトンボ(木で作ったグラウンドをならす道具)をかけた。中心から円を描いて広がりながらトンボを引いているうちに、ああ、これが本当に最後なんだなあ、ということが、大きな音になって、わーん、と頭の中に響き渡った。そしたらまた涙が出てきた。なんだか悲しくて仕方なかった。ああ、終わりかあ、と思って泣きながらぐるぐると円を描いた。内野のもう泣き終わって目の周りを赤く腫らした子がなんか冗談を言ってきて、もじゃもじゃとよくわからない返事をした。

そんなわけで、やっぱり最後の試合を終えてしまった選手たちを見ると、目の辺りが熱くなる。土を集めるのは、どうしてもしっくりこないけれど、それでも、お疲れ様、と声をかけたくなってしまう。
なかなかキャッチボールをする機会はないけれど、そのうちまたあの、グラブでボールを受け止める感触を味わえたらなあ、と思う。

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