こだまのうんぬんかんぬん


あさかめの作家・演出家、児玉洋平の日常と考えたこと。



vol.5 捨てる

2009.4.10

途中まで出来上がっているものを捨てなければならない、という状況は、仕事をやってるといろいろなところでまま起こることだと思う。作りかけの企画書を没にするとか、失敗した料理を捨てて最初から作り直すとか、大体いくばくかの徒労感を感じながら、よいしょという感じでみんなやってるんだろうと思う。最近、僕もそういう状況に巡りあった。僕が捨てたのは、台本だった。

僕は大体通常一ヶ月ほどかけて台本を書く。別に狙ってそうしてるわけではなく、まあ狙えるもんではないんだけど、不思議なことに書き始めて一ヶ月ほどたつと出来上がる。僕は毎日コツコツ書くタイプで、一週間とか眠らずに一気に書くとかいうタイプではない。だから6月公演の台本も、大体一ヶ月くらいかなあと目算をたてて書き始めた。そんなある日、目の前に壁が現われた。もちろん実物ではなくてイメージ上の壁で、つまり、台本がそれ以上進まなくなったのだ。僕はあれやこれや考えて、壁に穴を開ける方法や、壁をよけて進む方法を見つけ出そうとした。でもまったくみつからなかった。その壁の感じは、なんていうのだろう、映画の『2001年宇宙の旅』に出てくる灰色の謎の壁のようで、すごく硬い地球上には存在しない物質でできた壁という感じで、いくら掘っても傷一つつかない。そうやって一週間ほどたったある日、不意に僕は悟った。ああ、この壁の先には何もないんだ。そう思った瞬間、僕はこれまで書いてきた台本を、全体の分量の半分ほどあったと思う、きっぱりと捨てた。その、向こうに何もないという感じがあまりにもはっきりしていたため、ああ惜しいなという悔しさみたいなものはあんまり感じずに済んだ。先がないものをいつまでも抱えてたってどうしようもないのだ。ただ、そのときに考えていたキャラクターの性格だとか役割だとかを頭から引き剥がすのが結構大変だった。その世界に入り込んで書いていたから、キャラクターたちがわりにはっきりと頭にこびりついてしまっていたのだ。でもなんとか頭をさっぱりさせ、僕は新しい台本を完成させることができた。

僕は物を溜め込むのが苦手なタイプだ。大掃除なんかするととにかく捨てまくる。物にもあまり執着がないし、一番たくさん持っている本だって、もう読まないとわかればさっさと処分してしまう。あんまり古いものがいつまでもあると気持ち的になんとなく落ち着かない。使わないものがいつまでもあるのもなんとなく不健全な感じがしてしまう。まあ実際はそこまで脅迫的に思い込む必要はないわけで、多分ちょっと極端な性格なんだと思う。これは精神的にもそうで、何か問題を抱えたまま、いつまでもじっとしているということがどうしてもできない。とにかく何でもいいから行動して、状況を打開したいと思ってしまうのだ。これはある意味積極的なのかもしれないけど、問題も多々ある。数ある問題の全てが、すぐに解決を必要としているとは限らないからだ。中には下手に動くと状況が悪くなる場合もある。でも性格がそうなのだからそんなふうに冷静に考えるのはなかなか難しい。そういうとき、ああこれも修行のうちだなと思ってなんとかやり過ごそうと努力する。

今回の台本の場合、わりとさっぱり古い台本を捨てられたのも、この性格が影響している部分もあると思う。考えてみれば、今回の台本を書いている間で一番辛かったのは、この、前にも進めず捨てることもできずという宙ぶらりん状態のときだったと思う。多分、精神的に一週間が溜める限度だったのだ。そういう必然性に導かれて、新しい台本のアイデアが生まれてくるのなら、それはそれで悪くないという気がする一方、先のことを思うとなんだか気が滅入るなあという気がしないでもない。

とにかく台本が完成して、よかったよかったと安堵している。何枚か書いたものを捨てることならいくらでもあるけど、さすがに半分まで書いたものを捨てるのは初めてだったから正直ちょっと不安だったのだ。まあでも稽古も始まり、これからまた別の試行錯誤が始まるわけなんだけど。
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