こだまのうんぬんかんぬん


あさかめの作家・演出家、児玉洋平の日常と考えたこと



vol.48 コーヒーメーカーと女の子     

2011.4.27

少し前に使っていたコーヒーメーカーが壊れた。機械の部分じゃなくて、ガラス製のサーバーの底の部分が、ある日洗っているときに、パカッと取り外されたみたいに割れてしまった。あまりにも簡単に割れたので、それにその割れた部分が、あまりに見事に、ちょっと間抜けなくらいのまん丸だったものだから、僕は悲しんだり困ったりする前に、あれえと声を上げてびっくりして、そのあとでちょっとおかしくて笑ってしまった。
それからコーヒーを飲みたいときは、コーヒーメーカーのドリッパーの部分をカップの縁に乗っけて(幸運なことにうちにあるカップの一つに、ドリッパーがぴったり合った。このときもなんだか笑ってしまった)上からお湯を注いでいれるという、なんだかわけのわからないやり方で淹れていた。
でもやっぱり、朝の慌しいときとか、そうやってのんびりやってる時間もないし、コーヒーメーカーがあった方がいいよなとは思っていた。電気屋さんに行ってちょっと見てみたりもした。けれどこれ、というものがなかなかなくて、結局何も買わず帰ってきていた。
そしたら雑貨を売る店で、ちょうどいい感じのがあったから、それを買うことにした。そのコーヒーメーカーは電気屋さんに置いてあるような一般的なコーヒーメーカーと違って、どちらかといえばおしゃれ重視のかわいいデザインの簡単な機械で、ちょっと見はおもちゃみたいでこんなのでコーヒーが入るのだろうかと不安になるのだけど、そんなにたくさんのコーヒーを入れたいわけでもないし、何よりそれは、カップに直接入れるタイプだったから、またサーバーが割れて機械は健康なのに買い換えなければならないなんてことがない。僕はいろいろなものを、触れるといつか壊すというあまりありがたくない性質を持っているわけだから、そういうやつのほうがいいだろうと思ったのだ。
店であれこれ見ていたら、店員の女の子が、あまり場慣れしていない感じの、けれど緊張しきってひたすら明るくなってるというタイプじゃなく、どちらかといえばちょっと影がある感じの、かわいらしい女の子がやってきて、あれこれ説明してくれる。僕は事前にいろいろ調べていたから、大体知っていたんだけど、なるほどなるほど、と頷きながら説明を聞く。どうもその時間帯はお客があまりいなくて暇みたいで、しばらくするとまた近づいてきて話しかけてくる。コーヒーメーカには茶と白とオレンジの三色があって、僕はどれにしようかと迷っていた。というよりほとんどオレンジに決めていたんだけど、本当にそれでいいのか、ということを心の中で検討していた。そしたら女の子が、一番人気は茶色、次が白です、と言った。その途端僕の心はすぐに決まった。じゃあオレンジください、と僕は女の子に言い、女の子はぎこちなく笑って、ありがとうございます、と言った。

女の子と言えば、何日か前に夜の遅い時間に電車に乗った。僕は座って本を読んでいた。しばらくして、目の前の長いすに座っていた女子高生が立ち上がった。彼女は椅子の真ん中で、ずっと音楽を聴いていた。僕は少し目を上げてちらりと彼女の方を見た。降りるのかと思ったら、そうじゃないみたいで、彼女は椅子の前に立ってつり革を持つでもなく仁王立ちしている。よく見ると彼女の右手には、ジャージのズボンが握られていた。まさか、と思っているうちに、彼女はそのジャージを制服のスカートの下に履き始めた。これは危ない、と僕は思った。だって、ズボンを履く瞬間にスカートがめくれあがって必ずパンツが見えてしまうんじゃないだろうか。僕はドキドキしながら、あんまり凝視しているとパンツが見たいと思われちゃうからあくまでちらちらと、女子高生の動きに目を凝らしていた。すると彼女は、そんな僕の心配などどこ吹く風、実に見事な手さばきで、ぐいんと伸び上がるようにしてジャージを履いたのだ。それは本当に素早い動作だったから、パンツなんてパの字も見えなかった。彼女はそのあと何事もなかったように、椅子に座って音楽にあわせて体を揺らせていた。

コーヒーメーカーは特に問題なく、我が家で生真面目にコーヒーを抽出している。台所の白とか銀とかのモノクロな景色の中で、ヘルメットみたいなオレンジ色のコーヒーメーカーは、かなり異彩を放っている。あのときの女子高生みたいに平然とした顔をして。ジャージを履くのは電車の中じゃなきゃいけなかったんだろうか。せめて駅に着いてから、どこか隅のほうでとかじゃ駄目だったんだろうか。駄目だったんだろう。そのときじゃなきゃ駄目だったんだろう。そういうものなんだろう。
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