こだまのうんぬんかんぬん


あさかめの作家・演出家、児玉洋平の日常と考えたこと



vol.47 桜が咲いてるよ     

2011.4.9

桜がすごい。
何日か前までは、小さな芽が裸の木にぷつぷつとふくらんでいて、風は冷たかったし、春になるのはもう少し先かな、なんて思っていた。
気がつけば、満開だ。近所にいくつかある桜並木は、声をあげそうになるくらい見事に、遠く見えないほうまでずっと咲き乱れている。
時間は動いているし、季節もこちらに向かってやってきている。うっかりぼんやり過ごしていると、同じ時間が繰り返されているだけみたいな気がしてくるけれど、そんなことは全然ないのだ。

古い友達や、初めて会う同世代の人たちとお酒を飲みながら話をしたりした。今まではあんまり考えていなかったけれど、お酒というのは結構すごい。素面では初対面の人とそんなにたいしたことを話したりできない。でも程よく酔いがまわってきて、わりと真剣に話し合ったりする。楽しい。
みんないろいろなことを考えている。もちろんそれぞれ違うことを考えていたりする。でもそれが、嬉しかった。ああ、みんな考えてる。真剣に。それぞれにとって一番大事なことを。それぞれにとって、ということが僕には大切な気がした。声高に叫ぶのじゃない。自分が正義だと頑なに主張するのではない。でも、自分はこれが大事だと思う。そう真摯に考えてる人がいるのだと、おおまかな言葉に紛らわされず、大きな声にかき消されることなく、そういう人たちの声を聞くことができたことが、僕にはとてもよかった。

小説やマンガや映画も観た。島田虎之介『トロイメライ』。2007年に出版されているけど、僕はこのマンガも、漫画家の存在も知らなかった。青山ブックセンターにぽつんと置いてあったのを手にとってぱらぱら見ているうちに、これは面白いかもしれない、とすぐにレジに行った。古いピアノにまつわる物語。それにまつわる、人々の人生の物語。別々に生きている人々が、ある一点で交わるという物語が、僕は結構好きだ。『バベル』とか、『ショートカッツ』とか。『トロイメライ』も同じように僕好みの物語だけど、なんというかとても上手だ。人生の交わらせ方も、最後の収束のさせ方も、素晴らしい。読み終わるのが惜しい、と思わせてくれる、珍しいマンガだった。

DVDも面白いものに巡り会った。『ユキとニナ』と『過去のない男』。前者は諏訪敦彦監督とフランス人の俳優が一緒に撮った作品。子供がかわいい、というのは平凡な感想だけど、それを引き出すのは、やっぱり技術だろうし、この映画は、大人もよかった。身勝手で。どっちが大人か子供かわからないというのは、結構リアリティのある話だと思う。アキ・カウリスマキ監督の『過去のない男』は、はじめのうち、ちょっと眠たくなったけど、ヒロイン、といっても結構なおばさんなんだけど、が出てくるあたりから面白くなってきた。一番ぐっときたのは、銀行強盗のエピソード。会社の経営がうまくいかなくなって強盗に入ったおじさんが、主人公に、強盗したお金で従業員に給料を払いたいから一人ひとりに配ってきてくれと頼む。外に出たところで、銃声が響く。淡々とした描写が続くだけだけど、とてもユニークだし、なによりユーモラスでちょっと悲しい。

ユーモラスである、というのは結構大事なことだな、と考えさせられたのは、この二本の映画がユーモラスだったからだけじゃなくて、ユーモラスということが、全面的に何かを肯定するということなのだと思わせてくれたからだ。シリアスなことを描いていても、底の所で何かに対する、多分人間に対する信頼が流れていると、それはユーモラスになる。まあそんな単純なものじゃないのだろうけど、センスとか、俳優の力量とか、いろいろな要素が複雑に絡み合っているのだろうけど、多分この人たちは肯定してる、しかも両手を広げて、ということが、ふふふ、と微笑を、引き出してくれたというのは、確かだと思う。

小説は、トマス・ピンチョンの『逆光』を読んでいるけれど、もちろん、そう簡単には読み終わりそうもない。僕の場合、200ページを過ぎて、ようやく物語がすぐそばにやってきたという感じ。そういう読者にはあまり向いていない小説なのかもしれないけれど、面白くなってきたから、とにかく読み続けようと思う。
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