あさかめの作家・演出家、児玉洋平の日常と考えたこと。

vol.3　聞こえてるよ

2009.3.21

この間、お店でご飯を食べているとき、隣に若いカップルが座っていて、食べながらあれこれお喋りをしていた。別に耳を澄まして聞いていたわけじゃないけれど、狭い店内で少し体を動かせば触れてしまう位近かったし、女の子のほうが結構大きな声で喋っていたので、話の内容がほとんどすべて聞き取れた。彼女が話していたのは、これもまたファミレスかなんかで隣に座っていた二人組みの女子高生が大声で喋っていた話で、つまり僕は、盗み聞き（正確に言うと違うんだけど）を盗み聞きしていたわけだ。

「片方の子が、彼氏とデートしたんだって」と女の子は言った。「その日はその子の誕生日だったらしくて、もちろん彼氏もその子とは知っていて、彼女に、今日はサプライズがあるよって言ってて。だからその子もすごい楽しみにしてたんだって」けれど、いつになってもサプライズの気配はない。食事に行ったのだけれど、これといって特別なところのない普通のレストランだったし、しかもおごりではなく割りカンだった。誕生日プレゼントもなく、彼氏の部屋に泊まって結局その日のデートは終わってしまった。

「でもね、あとでその子は思い出したらしいの」彼女はさも面白そうに話を続ける。聞いてる彼氏の方ははじめから相槌も打たず頷きもせず、黙々と食べながら聞いているだけで、そんなにあからさまに興味なさそうにしたらさすがに彼女も怒るだろうと僕は思ったのだけれど、そんなことまったく意に介さず、彼女は嬉々として喋り続ける。「よく考えてみたら、その夜その子と彼氏はエッチしたんだって。もしかしたらサプライズってそのことだったのかもしれないって」そのあとその女子高生は、バッカじゃねえのとか、ふざけんじゃよとか散々彼氏を罵った挙句、でもなんか放っとけないんだよねとしみじみと言っていたのだという。これで彼女の話はおしまい。彼氏は、この距離で聞こえないのかよってくらい小声で何かコメントをして、彼女はおおいにうけてたからきっと気の利いたことでも言ったのだと思う。

この話には、探そうと思えばいくつかの教訓が見つかる。「セックスはサプライズにならない」とか「空気が読めないくらいの方がもてる」とかいうのは、男の人にとってはわりと重みのある教訓かもしれない。いくつかの教訓の中に、「雑談は意外に周りの人に聞かれている」というのもあると思う。考えてみれば会ったこともないし見たこともない人のエピソードが僕まで伝わったのだから、なんだか不思議な感じがする。

芝居を作るとき、一番最初にするのが宣伝美術の打ち合わせで、本番の何ヶ月か前に、デザイナーのfukkyと恵比寿のベーグル屋さんで話をする。もちろん店には普通のお客さんもいる。その第一回目の打ち合わせのとき、材料が何もないわけだから、まず僕が、今回はこういうコンセプトで、物語はこうで、こんなチラシがいいというようなことを話さなければならない。これが結構大変なのだ。なにしろまだ台本もできてないわけで、しっかり固まっていない、目に見えないものを他人に伝えなければならないのだ。とにかく言葉を尽くして話をするんだけど、もう完全に了解ってことはまずない。まあ最終的にチラシという形になれば良いわけで、別にそれは構わない。ただこのときの話が、その店のほとんどの人たちの耳に入ってるのじゃないかと思うと、やっぱり恥ずかしいのだ。

作品のテーマなんかの話をするのだから、僕は世の中についてこんな風に思ってるみたいなこともたまには言うわけで、話してる最中は夢中だからいいけど、ふと一息ついて水なんか飲んだ瞬間、急にまわりの人々の存在に思いが至り、いたたまれなくなる。僕は普段は蚊のようなか細い声で話すが、興奮すると声が大きく甲高く、早口になる。そのうえもっと興奮すると身振り手振りが加わり、どこかの国のへんてこな踊りを踊っているみたいになる。そんな様をさらしているのだなあと思うと、消えてなくなってしまいたくなるが、まあでも仕方ないので諦めて、頑張って話を続ける。もう絶対聞こえてるんだから、開き直るしかないのだ。話し終えた後は、もちろん話をした疲れはあるけど、そういうこともあいまってぐったりする。ああ、専用の会議室が欲しい、と心底思う。

そうやって僕が喋ったことも、こんなふうにどこかで見知らぬ人に伝えられているのかもしれない。「へんてこな踊りを踊るみたいに喋ってる奴がいてさ、やけに甲高い声で偉そうなことをまくし立ててたんだ」とか。そうやって伝わっていく僕の話したことの行方を思うと、なんだか、面白いなあという気持ちになる。だからと言って恥ずかしくないわけでは決してないけれど。

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