こだまのうんぬんかんぬん


あさかめの作家・演出家、児玉洋平の日常と考えたこと



vol.26 独立したエピソード  

2010.2.4

この文章を書くとき、いつもエピソードをふくらませたりいろいろと考えたことを書いたりして一定の長さにするんだけど、最近その作業がどうも捗らない。いくつかひっかかったエピソードはあるのにいざ書こうとパソコンに向かうと、書き続けることがなかなかできない。なんでだろうとちょっと理由を考えてみたけれど、これといって理由は思い当たらない。でも一つ挙げるとするなら、今台本を書いているからといのはあると思う。新しく物語を作り出すという作業と、身の回りで起きたことや考えたことを文章にするという作業は、脳みその違う部分を使うことで、でもそれと同時に言葉で表現するということは同じようなことをやっているとも言える。それらが喧嘩したり肩を叩きあったりいろいろした結果今みたいな状態になっているんじゃないかと思う。だから今回は短めの出来事をシンプルに並べてみようと思う。特別な工夫もなく、お互いが実は結びついてるなんてドラマチックな結末もないので、そのあたりよろしくです。

独立したエピソードその1。
こんなことを書くのは本当に情けないんだけど、最近、というより少し前から物忘れがひどくなってきた。人の名前も思い出せないし、この前なんて韓国料理屋に置いてある豆でできた白いお酒の名前が思い出せなくて困った。映像ははっきりと頭にあるのだ。なのにどうしても思い出せない。こういうとき人に聞いて思い出しちゃうとなんだか自分の脳が衰えてしまう気がして頑張って自分で思い出そうとしてみる。思い出したときは本当にすっきりしたけど、同時に無力感に囚われる。ちょっと早すぎるんじゃないかなあ。まあでもマッコリくらいなら思い出せなくても別に支障はない。でもついこの間友達との約束をすっかり忘れてしまったときにはさすがに衝撃が大きかった。前日までははっきりと覚えていたのだ。なのに当日すっかり忘れて家に帰り、メールで知らされて叫び声をあげそうになった。平謝りに謝ってそのときは許してもらったけど、もともと僕は約束を忘れることはない人間のはずだったので、ショックはとてつもなく大きい。なんだか先が思いやられる。人生はまだまだ長いのだ。

独立したエピソードその2。
テレビを見ていたら、タレントがいろんな人に向かって話をしていた。彼はテンポよく、もっともらしいことをいろいろ喋っていた。相手はそれを感心した様子で聞いていたし、その映像を見たゲストも彼の言ったことを褒めていた。で、僕は、彼は頭の回転が速い人なんだなあと思った。そして、この番組を見た多くの人が、彼のことを優れた人だと思うのだろうなあと思った。テレビというのは、見ているとテレビ特有の時間が流れているらしいことがわかる。その時間が流れるスピードはとても速く、そのテンポの中でいかに相手なり視聴者なりを説得できるかが勝負の分かれ目になる。だからいくら頭がいい人でも、よくものを考えている人でも、そのテンポに乗れなければ愚かであるとか、負けているように見える。それはなにもテレビに限ったことではない。矢継ぎ早で力強ければ正しいのだという思惑で語られることはたくさんあると思う。僕は、そういう速いテンポでは、自分の好きなものについてさえうまく語ることができないだろうなと思う。でもそれは、ある一面においては重要なことかもしれないけれど、総合的に考えてみればそれほど重要なことではないと思っている。僕はゆっくりとした口調で語られた大切な言葉をいくつも知っているし、だから僕はこういう文章を書いているわけだ。まだうまく語ることはできていないにしても。

独立したエピソードその3。
ウォークマンで音楽を聴きながら散歩をしていたら、くるりの『How To Go』という曲が流れた。僕はこんなに優しい曲を他に知らない。「優しい」というのがどういうことか、説明するのはとても難しい。そもそも「優しさ」がどういうものか、僕にはよくわからない。それでも僕はこの曲を聴くたびに、なんて優しい曲なのだろうと思う。

「毎日は過ぎてく でも僕は君の味方だよ
 今でも小さな 言葉や吐息が聞こえるよ」

耳を澄ませば僕にも小さな言葉や吐息が聞こえるだろうか。

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