こだまのうんぬんかんぬん


あさかめの作家・演出家、児玉洋平の日常と考えたこと。



vol.16 自分だけの正義  

2009.9.5

クリント・イーストウッドの映画『グラン・トリノ』を三軒茶屋の名画座で観た。時期はよく知らないけどだいぶ前に公開終了した映画みたいで、通常より安く1300円で観られるのが、最終回と言うことで700円だった。座席は結構ガタがきていて背中がごつごつするけれど、この値段で観られるのなら全然文句はない。僕はそれほどしょっちゅう映画館に行くほどではない。観るのはDVDのほうが断然多い。この前映画館に行ったのも確かこの三軒茶屋の映画館で、コーエン兄弟の『ノーカントリー』を観た。ついでに言うと三軒茶屋に来るのは今年の冬にやったカフェ公演のとき以来だから半年振りになる。三軒茶屋にはおいしそうな小さなお店がだくさんあるから、来るたびに今日は何を食べようとわくわくするのだけど、なぜかいつも大通り沿いにある「万豚記」というラーメン屋さんに入ることになる。ここは他の街にも支店がありチェーン店みたいなのだけど、ゴマと豚肉がたらふく入った白いスープのラーメンがとてもおいしくて、新規開拓を期しながらもいつもその安定感に引き寄せられてしまうのだ。

イーストウッドという人には僕は別に興味はなくて、前ビデオかなにかで『許されざる者』という西部劇を観たことがあったけどそれもそんなに好きではなかった。でも最近雑誌なんかでこの映画のいい評判を結構目にしていたので、ちょっと試しに観てみようかという気になったのだ。ちょっとこれから『グラン・トリノ』を観た感想なんかを書こうと思うのだけれど、筋に触れたりもするのでこれから観ようと思ってる人はここから先は読まないほうがいいかもしれない。

イーストウッド扮する頑固で偏見に満ちた老人がアジア系の少年たちに少しずつ心を開いていく、というのがおおまかな筋立てで、序盤は老人の敬遠のされ方が類型的であまり入り込めなかったのだけれど、中盤で少しずつ老人と少年たちが心を通わせ始めるあたりはユーモラスで引き込まれていった。アメリカ人から見たアジアの風習の描き方とかそれに対する戸惑い方が若干鼻についたりもしたけれど、イーストウッドのとぼけた演技はなかなかキュートだったし、メインの姉弟(特に姉)が魅力的だったから飽きずに観ることができた。でもこれが、このままいい映画を観たなと思って済まなかったのは、やっぱり後半の展開が腑に落ちなかったからだ。

アジア人の少年にはずっと同じ民族のギャングがつきまとっていて嫌がらせをしていて、彼が老人について仕事を覚え自立していくのを邪魔していた。老人は激怒し、ギャングの一人の家に行って暴行を加える。するとその報復に今度は少年の家が銃撃され姉がレイプされてしまうのだ。ここからがきっとこの映画の肝なんだと思うのだけれど、ギャングたちを殺そうと興奮する少年を置いて老人はギャングのアジトに赴き、報復をすると見せかけてギャングに銃で撃たれて死んでしまう。丸腰の老人を撃ったギャングたちは捕まり、長い刑期に服することを暗示して映画は終わる。つまり、老人は永遠に少年たちからギャングを引き離すことに成功したのだ。

でもよく考えてみれば、そもそもの原因は老人にある。ギャングに嫌がらせを受けた少年は心配する老人に「ほっといてくれ」とはっきり言ったにも関わらず老人は報復をし、その結果よりひどい仕返しをされるのだ。そして結局すべてを一人で背負って死んでしまう。なんだかとても独りよがりなのだ。

僕はこの映画を別の民族の人々が少しずつお互いを理解していく異文化の交流をテーマにした映画だと思って観ていて、その点で、中盤の、戸惑いながらもお互いを理解し近づいていく過程が、少し滑稽で魅力的だと思っていた。それなのに最後で急に老人が一方的に自分だけの正義を見せ付けて死んでしまったのがとても残念だった。少年たちはそれを見せられてどう感じればいいのだろう。恩人だと思えばいいのか。きちんと責任をとったのだと思えばいいのか。どちらにしても、それは少年たちに委ねすぎなのではないだろうか。

僕は人と人とが理解しあうというのは、それが同じ民族であれ違う民族であれ、もっとゆるやかで丁寧になされるものだと思う。そこには必ず摩擦と戸惑いがあり、少しずつ理解を深め最後にようやく受け入れられる。結論を急いで、自分だけの正義をみせつけることでは絶対にない。僕は海外に行ったことは数えるほどしかないけれど、それでもそのことはなんとなくわかる。国籍に関わらず、人と人とが理解するというのはそういうことだと思うからだ。中盤の老人と少年たちが触れ合うシーンにはそれがあった。だからこそ、後半の展開が重ね重ね残念なのだ。
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