こだまのうんぬんかんぬん


あさかめの作家・演出家、児玉洋平の日常と考えたこと。



vol.13 哀しさと生命力 

2009.8.1

この間、ちょっと必要があって昔の写真を見た。僕が生まれたばかりの頃や、保育園に行っていた頃なんかの写真だ。アルバムは実家にあるし、こういうのはそう見る機会はない。この前見たのはもう思い出せないくらい前のことになる。

小さい頃の僕は、なんだかいっつも坊主だった。自分でこの髪型が良いなんて幼い子供がそうはっきり持ってるものではないから、これは親の方針だと思われる。そう言われてみれば今だって、ちょっと髪を伸ばした状態で実家に帰るとすぐに髪切って来いと言われる。それから、小さい頃の僕は結構無邪気に笑う子供だったみたいだ。大体の写真に思いっきり笑顔で写ってるし、なんだかひょうきんなポーズまでとってる写真まである。今では考えられないことだ。小学生高学年くらいから、写真の数自体が減ってくるに従ってそういうおどけた感じは少なくなっていく。思春期というやつに入ったのだろう。それにしてもこんなにも天真爛漫だった子供が、今ではぼさーっとしてひねくれた大人になってしまうのだから、なんだかため息をつかずにはいられない。あ、ぼんやりしてるのは子供の頃からみたい。きょとんとした顔でそこはかとなくぼんやりしている写真が結構あったから。それはそれでほっとしたり、なんだかやるせなくなったり、複雑な心境である。

こんなことを書くと当たり前すぎて馬鹿みたいだけど、写真に写っていた頃の僕は今みたいな僕になるとは夢にも思ってなかった。確かこの頃の夢はタクシーの運転手(緑色の車と運転手の帽子が好きだったから)とか、ベートーベンのような偉大な作曲家(ピアノを習ってたから)とか今考えても適当言ってるだろとひっぱたいてやりたい感じで、お芝居をやってるとかそんなことは思ってなかった。もっと言えば、こんなふうに暗い目の人間になると思わなかったし、ピーマンとレバ刺しが食べられるようになるとも思ってなかった。人は、自分の未来を正確に予想することなんてできないし、それが子供の頃のことならなおさらだ。だからこうやって久しぶりに子供の頃の写真を見たりするとすごく不思議な気持ちになるし、その不思議さの中にはいくばくかの哀しさが含まれるのだと思う。

一応断っておくけれど、僕は、ああ昔は無邪気で苦労も知らずによかったなあ、一方今はどうだ、辛いことばかりでなんのいい事もない、なんてことを言ってセンチメンタルな気分に浸りたいわけでは決してない。そりゃ苦労や大変なことはたくさんあるけれど、僕は僕なりに今の状態をある程度肯定している。というか、おそらくこうなるべくしてなったんだし、それを否定するのはあまり意味のあることではないと思っている。もちろん時々今が恐ろしくなる夜はあるけれど、それも含めて現在を生きるということだと思うようにしている。大体子供の頃が平和だったというのは幻想でしかない。あの頃はあの頃でどうしようもないちっぽけなことで夜眠れなかったし、別に特別苦労の多い少年時代だったとは言わないけれど、小さな体で一生懸命いろんなことに対処しようとして結構大変だったのだ。だからあの頃に戻りたいとかそういうことは僕はあまり思わない。失ったものはあるのだろうけど、良くなったこともたくさんあるのだから。

僕が子供の頃の写真を見て感じた哀しさというのは、だから僕個人のことではなくて、もっと人間一般のことだ。それは、人は、自分がこれからどうなるのかをまったく予想できない、そのことによる哀しさだ。人は、現在がどうあれ、必ず変化していく。そしてその変化に関わることができない。つまり、その変化の仕方は自分の意志とはまったく関係ないのだ。もちろんこうなりたいああなりたいと強く願うことはできるし、そのために努力し、ある程度自分の理想に近づけることはできる。でもそれは完全ではないのだ。多かれ少なかれ、自分の意図とは違う変化を人間は遂げる。現在と未来とでは必ず誤差が生まれる。昔の写真を見たときに思い知るのはその誤差だ。そしてそれが、僕をとても哀しくさせるのだ。

でも、そこにあるのは哀しさだけではない。それは、人間の生命力の強さだ。未来が自分の望む通りじゃないからと言って人は生きるのをやめるかといえばそうじゃない。そのことを知ってもなお、人は生きるのをやめない。むしろより懸命に現在を生きようとする。だからどうしたといわんばかりの勢いで前に進む。僕が感じるのはその生命力の強さだ。人間の哀しさと生命力はいつでも一緒にある。生命力があるから哀しいし、哀しいから強く生きる。そこが、人間は面白いなあ、と僕は思う。

そういう生命力に溢れた哀しさを物語にできたらいいなと、少年の頃タクシーの運転手になりたがっていた僕は、思うのだ。

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