こだまのうんぬんかんぬん


あさかめの作家・演出家、児玉洋平の日常と考えたこと。



vol.12 引っ越したい 

2009.7.22

急に引越しがしたくなって部屋探しをしたりしてる。僕はそれほど引っ越したいと思うほうではない。今住んでる家だってもう六年くらい住んでる。知り合いに、新聞に折り込まれた住宅販売のチラシを眺めているのが大好きだという人がいる。南向き、駅近、値段はいくらとか間取りが印刷されたやつだ。あれを見ているとどんどん夢が広がっていくのだそうだ。まあ言ってることはわからんでもない。でも僕にはそこまで想像力がないので、値段を見れば自分にはまったく無縁の話だって思うとすぐに飽きてしまう。

僕の場合家を買うとか規模の大きい話じゃないので、近くの不動産屋で安い部屋の情報を見せてもらったりした。これが意外に楽しい。多分手の届く身近な話だからスリリングなんだろうと思うけど、間取りはどうだとか日当りはどうだとか見てるとああいろんな部屋があるんだということと、やはり値段によってプラスとマイナスがあるんだなあということがわかる。僕は今回、駅から遠くてもいいからなるべく広くて日当りがいいところがいいなと思い、あと断然安いのがいいと不動産屋さんに告げていろいろ見せてもらったんだけど、なんかよさそうなのがわりとある。話によると今は比較的不動産屋さんが暇な時期で、意外にお得な物件が出始めてるのだそうだ。でもまあもうちょっと安いのないかなと思って不動産屋さんにねだると、でもここはちょっと古いですよとかいってあまり乗り気じゃなさそうな態度で出してくるんだけど、あるなら先に出したらいいのにって思う。古いも汚いも慮ってくれてるんだろうけど、そういうの込みでこっちで考えたいと僕は思うのだ。とにかくあるだけの選択肢を見せて欲しいと思うんだけど、大体だいぶねばらないとそういうのはでてこない。

で、よさそうなのは中を見せてもらう。その場所までは不動産屋さんが車で連れて行ってくれるんだけど、この車内がなかなか緊張する。僕はそんなにオープンなわけじゃないからほとんど面識のない人にどれだけ心を開いて話をすればいいかわからない。タクシーだったらもうちょっと気軽にどうでもいいことを話せるんだけど、向こうはなるべく契約を決めてしまいたいと思っているのだろうし、何件も見て回ると、こいつ早く決めろよみたいなことを思われてるんじゃないかと思うと、やっぱりうまく話せない。向こうもそんな僕の気配を感じてか、世間話を仕掛けてきてもなんだか重いしあまり続かない。僕の方もなんだか申し訳ない気持ちになってくる。

でもその中でも結構面白いなと思うこともあって、ある四十代くらいの男の不動産屋さんは、ここぞというところで必ず「素敵に」という。例えば、僕が、もうちょっと都心に近づくとやっぱ高くなっちゃうんですかねえと言ったら、「はいそれはやっぱり素敵に値段が跳ね上がっちゃいますねえ」とその人は言う。なんか、「派手に」とか「極端に」みたいなことをその人流に「素敵に」というのだ。「素敵に」というときは必ずその人がちょっと乗ってきて饒舌になってきたところなので、ああこの人は調子に乗ってるんだなと思って、僕はちょっとおかしくなってしまう。

別の女の不動産屋さんは、何を考えてるのかいまいちわからない人で、口調は丁寧だしこちらの要求にも快く応じてくれるんだけど、なんというか、目が笑ってないというか、実は面倒だって思ってんじゃないのかなあと思わせる人だった。でもどこかの物件を見に行った帰りにペットの話になった。ペット可のところってあんまりないんですかねえとこちらが言うと、そうですねえ、五千円は家賃が上がっちゃいますしねえとその人は答えて、犬が買いたいんですか?と聞いてくるから、いや、できれば猫を、というと、その人は急に生き生きとしだした。猫かわいいですよね癒されますよね、から始まって、猫カフェいったことあります?あれ猫にとってどうなんですかねえ、なんだかかわいそうな感じがしちゃって、とどんどん喋ってくる。僕は相槌を打ちながら、ああ猫好きなんだなあと思った。人間味が垣間見れた一瞬だった。

家というのは服買うみたいに簡単には決められないから、できれば不動産屋さんにいろいろなことを聞きたい。その部屋が安い理由とかこの値段は妥当なのかとか。だからある程度は相手に興味を持って話をしなければならないけど、こうやって人間臭いところを少しでも見せてくれると、まあそれだけで全面的に信頼はできないけど、ちょっと面白いなあと思う。まあ向こうも商売やってるわけだから、ある程度ビジネスライクにお世辞言ったり付き合ってくれたりしてるのだろうけど、人間観察的にはそこから零れ落ちたものを見せてもらえると嬉しい。
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