こだまのうんぬんかんぬん


あさかめの作家・演出家、児玉洋平の日常と考えたこと。



vol.11 気絶について 

2009.7.13

僕は何度か気絶したことがある。「気絶するように眠る」とかの何かの例えではなく、本物の気絶だ。人がどれほど頻繁に気絶というものをするのかわからないけれど、僕にははっきりと覚えている気絶が二度ある。今回はそのことについて書いてみようと思う。

中学生の頃、僕は新聞配達のアルバイトをやっていた。朝四時ごろに起きて自転車に乗ってやるあれである。その頃僕は軟式野球部に入っていて、夜は遅くまで練習をやっていたからかなり忙しく、それなのになんでまた新聞配達まで始めたのか、その理由はあんまりはっきりとは覚えてない。友達の家が販売店をやっていて、友達の何人かがそこでアルバイトをしていたということと、小遣いが欲しかったというのが理由だった気がする。わりと気軽な感じで始めたわけなんだけど、当然のことながらこれが結構大変だった。夜八時とかまで野球をやってるわけだから朝起きると眠たくて仕方ない。ほぼ寝たままで服を着替え新聞屋さんから借りた自転車に乗って店に行く。店に着くと小さな山のような新聞紙を荷台に括り付けられ、百円玉を一枚もらう。新聞紙の山は相当に重く、バランスを取れるようになるまでしばらくかかった。道に新聞紙をぶちまけてしまったことも一度や二度ではない。百円玉は、帰りにジュースでも飲めよということで新聞屋のおじさんがくれた。僕はこの百円でコーヒーを買って、近くを配る友達と一緒に飲んだり、一仕事終えたあとの空腹を家に帰るまで耐え切れず、近くのコンビニでパンを買ったりした。

その日もいつもと変わらず僕は新聞を配っていた。少し前に買ったウォークマンを耳にして(カセットのやつ)僕は自転車を運転していた。特に体調が悪かったわけでも、ぼんやりしていたわけでもない。いつものように眠たかった。気がつくと、僕はアスファルトの道路の上に寝転がっていた。何が起きたかさっぱりわからなかったが、なんだかよく眠って目が覚めたときのようなすっきりした感覚があった。僕は自転車を起こすと再び自転車を運転し始めた。そしてそのまま新聞を配り終えた。

自分が気絶していたことに気づいたのは配達が後半に差し掛かった頃だった。いつもよりも早い段階で日が昇ってきた。いつも通りのペースで配っているはずなのにと首をかしげながら僕は急いで新聞を配った。そして少しずつ、道路に寝ていた時間が思ったよりも長いのだということに気づいた。僕の感覚ではほんの一瞬目を閉じていたくらいの感覚だったのだ。

後々考えると寝ている間に車が猛スピードでやってきたりしなくて本当によかったと思ったりしたけれど、そのときは特にこれと言った感慨もなく、ただ知らぬ間に時間が経っちゃったなあと思ったくらいだった。ウォークマンをつけた途端こんなことがあったので、次の日からつけるのはやめてしまった。以来しばらくの間、耳にイヤホン的なものをつけるのはあまり好きではなくなってしまった。

次に気絶したのは時期は忘れてしまったけれどお風呂からあがったときだった。浴室を出て洗面所で体を拭いているとと思ったら、次の瞬間洗濯機の隣で寝ていた。このときも何がおきたのかわからず、とりあえず体を拭いているうちにああまた気絶したんだなということを理解した。風呂上りに貧血になることはままあったので、このときはちょっとのぼせちゃったんだなと考えた。自分がどれくらい寝てたのかはよくわからない。家族に、「今気絶してたんだよ」といってもそれほど大きな反応はなかったから、あまり長いこと寝ていたわけではなかったのかもしれない。

僕は細長い体型をしているから、血が頭まで巡りにくいのだろうということはあとあとなんとなく考えた。実際ずっと座っていて急に立ち上がるとめまいがしてちょっとの間くらくらすることは珍しくない。でもこんなに完璧に意識を失うことはこの二度以外になかった。もちろんよいことではないのだけど、急に自転車ごと転んで道路の真ん中に横たわっている自分の姿を想像するとなんだかおかしい。何が起こったかもわからず自転車を立て直している一部始終をどこかから眺めていたらちょっと間が抜けていて面白いだろうなと思う。風呂場のときだって、着替える前だったから僕は全裸だったわけで、裸の男が洗濯機のそばで昏々と眠っているさまはなんだかシュールだ。そのあと頭が痛くなるとか実害はまったくなかったわけで、ぼんやりしている間にまとまった時間がすっぽりと抜け落ちてしまうという感覚は、あまり味わえるものではない。なかなか得がたい経験だったと今となっては思う。

それにしても新聞配達は大変だった。雨の日とか新聞がびしょ濡れになったりして。
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